一服の茶を心ゆくまで愉しむために、歴代の茶人たちは、種々の道具を選び抜き、時には自らの手で作るなど、茶の湯に独自の感性を盛り込んできました。長い創造と選択、淘汰の歴史を経て、今に伝えられた茶道具には、名品とよぶにふさわしい趣があります。
本展では、当館のコレクションより、茶入や茶碗をはじめとする茶道具約60点をご紹介いたします。茶の湯の名品の持つ造形美や伝来を、心ゆくまでお楽しみいただけますと幸いでございます。
次回展覧会のご紹介

開館時間:
9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日:
祝日を除く月曜日〔但し、8/9(月)・8/16(月)・8/23(月)・8/30(月)は開館〕
入館料:
大人800円(700円) 小中学生400円(350円)
※( )内は団体20名様以上の場合
◆ 同時開催 = 服部一郎コレクション 近現代絵画展 パリに集った画家たち
概要
行事
・学芸員による展示解説
日時:
毎月第2土曜日 14時~14時30分
参加費:
入館料のみ
参加方法:
当日開始時刻に、会場に集合
出品作品
※ 都合により一部展示作品を変更することがございます。
会期中、一部展示替えがございます。日程は以下を予定。
Ⅰ期: 8月 5日(木)~ 9月26日(日)
Ⅱ期: 9月28日(火)~ 11月 7日(日)
Ⅲ期:11月 9日(火)~ 12月23日(木)
◎は国宝、●は重要文化財、○は重要美術品。
茶入・茶杓
茶入は、濃茶を入れる陶製の小壺。鎌倉~室町時代に中国よりもたらされた唐物と、瀬戸を中心に日本各地で作られた和物があります。唐物は、和物に比べ、薄作りで轆轤の技術に優れており、瀬戸では唐物に倣った茶入や、日本独自の形や釉調の茶入が作られました。
また、薄茶を入れる薄茶器は、漆塗のものが多くを占めます。室町時代、もともと薬を入れていた薬器が抹茶用の容器として普及しました。現在主流の棗は、16世紀半ば頃初めて茶会記に登場しました。
茶杓は、茶入などから抹茶をすくい茶碗に移すための匙。茶人自ら制作にかかわるものも多く、茶人を直接に偲ぶことのできる道具です。
| ○ | 唐物茄子茶入 銘 紹鷗茄子 | 中国・南宋時代 | 13世紀 | |
| 瀬戸文琳茶入 銘 春慶文琳 | 江戸時代 | 17世紀 | ||
| 瀬戸肩衝茶入 銘 木津屋 | 江戸時代 | 17世紀 | ||
| 瀬戸肩衝茶入 銘 林 | 桃山時代 | 16世紀 | ||
| 紹鷗黒大棗 | 室町時代 | 16世紀 | ||
| 小堀遠州茶杓 銘 雲林院 | 江戸時代 | 17世紀 | ||
| 杉木普斎茶杓 | 江戸時代 | 17世紀 | ||
| 金森宗和茶杓 銘 千歳 | 江戸時代 | 17世紀 |
茶碗
茶碗は、抹茶を点て飲むための器。直接手にとり、重みや手触りを感じ、口をつけ、またその姿を愛で愉しみます。茶碗は、その産地によって、中国製の唐物、朝鮮半島製の高麗物、日本製の和物に大別されます。唐物は、日本に喫茶の風習とともに伝えられ、当初は青磁や天目などが主流でしたが、後に染付や赤絵なども伝えられました。高麗物は、李朝時代の作で、朝鮮半島の民窯で焼かれた碗の中から見出されたものと、日本からの注文によって作られたものがあります。和物は、当初、瀬戸で唐物天目に倣った茶碗が焼かれましたが、桃山時代以降、京都では楽焼が、美濃はで瀬戸黒や黄瀬戸、志野や織部などが、九州では唐津や高取、薩摩など、各地の窯で茶碗が作られました。
| ◎ | 白楽茶碗 銘 不二山 本阿弥光悦作 | 江戸時代 | 17世紀 | |
| ○ | 伯庵茶碗 銘 奥田 | 江戸時代 | 17世紀 | |
| 絵高麗茶碗 銘 長崎 | 中国・明時代 | 16世紀 | ||
| 祥瑞沓茶碗 | 中国・明時代 | 17世紀 | ||
| 粉吹茶碗 銘 広沢 | 朝鮮・李朝時代 | 16世紀 | ||
| 斗々屋茶碗 | 朝鮮・李朝時代 | 16世紀 | ||
| 黒楽茶碗 銘 雁取 長次郎作 | 桃山時代 | 16世紀 | ||
| 黄瀬戸銅紐茶碗 | 桃山時代 | 16~17世紀 | ||
| 織部沓茶碗 | 桃山時代 | 17世紀 | ||
| 三島唐津茶碗 銘 山雲 | 江戸時代 | 17世紀 |
釜・香合・水指
釜は、茶を点てるための湯を沸かす道具。古来、芦屋(現在の福岡県遠賀郡芦屋町)と天明(現在の栃木県佐野市)が釜の二大産地として知られ、桃山から江戸時代以降は、京をはじめ各地で、茶人の好みを反映した釜が作られました。
香合は、香を入れる蓋付きの器。古くは中国製の漆香合が床に飾られていましたが、桃山時代以降、炭点前の際に持ち出され、席中で拝見されるようになりました。香合には、主に漆塗のものと、陶磁製のものがあり、今ではこれらを季節によって使い分けています。
水指は、釜に注ぐ水や茶碗を清める水を貯えておく器、建水は茶碗をすすいだ湯水を捨てる器です。ともに日本やその他の産地の陶磁製のものを中心に、木製や竹製、金属製のものがあります。
| 芦屋真形霰地馬文釜 | 室町時代 | 15世紀 | ||
| 阿弥陀堂釜 辻与次郎作 | 桃山時代 | 16世紀 | ||
| 桐地文真形釜 唐金朝鮮風炉 大西浄清作 | 江戸時代 | 17世紀 | ||
| 紅花緑葉柳鷺文香合 | 中国・明時代 | 16世紀 | ||
| 瓢香合 銘 転合 | 江戸時代 | 17世紀 | ||
| 交趾菊蟹香合 | 中国・明時代 | 17世紀 | ||
| 染付隅田川香合 | 中国・明時代 | 17世紀 | ||
| 伊賀擂座耳付水指 | 桃山時代 | 16世紀 | ||
| 空中信楽水指 | 江戸時代 | 17世紀 | ||
| 赤絵枡型水指 | 中国・明時代 | 17世紀 | ||
| 法花水指 | 中国・明時代 | 16~17世紀 | ||
| 伊賀建水 | 桃山時代 | 17世紀 | ||
| 砂張建水 | 中国・明時代 | 16世紀 |
掛物・花入
茶席の床を飾り、茶会の趣向の決定に重要な役割をはたす掛物。古くは、中国の宋~元時代の院体画や水墨画が主流でしたが、侘び茶の流行と相まって禅僧の墨蹟が好まれるようになりました。やがて、和歌の記された古筆切や茶人の消息、日本で描かれた水墨画や大和絵など、時代とともにその範囲を広げてきました。
花入は、同じく床に飾り、花を活ける器。胡銅などの金属製や、陶磁製、竹や瓢、籠製などがあります。室町時代には、唐物の胡銅や青磁が主流でしたが、桃山時代以降、備前や伊賀などの和物が登場します。また、竹の花入は、千利休が創始したとの説もあり、茶人自ら手がけたものが多く伝来します。
| 紙撚切 伝藤原佐理筆 | 平安時代 | 11~12世紀 | [Ⅰ期] | |
| 筋切・通切 藤原定実筆 | 平安時代 | 12世紀 | [Ⅱ期] | |
| 戊辰切 藤原定信筆 | 平安時代 | 12世紀 | [Ⅲ期] | |
| ● | 青山白雲図 伝明兆筆 玄晴、周崇、性智賛 | 室町時代 | 14~15世紀 | [Ⅰ期] |
| ● | 望海楼図 伝周文筆 徳巖賛 | 室町時代 | 15世紀 | [Ⅱ期] |
| ○ | 秋景山水図 右都御史筆 | 室町時代 | 16世紀 | [Ⅲ期] |
| 江月宗玩墨蹟 「即今ゝゝ」 | 江戸時代 | 17世紀 | [Ⅰ期] | |
| 沢庵宗彭墨蹟 「煩悩即菩提」 | 江戸時代 | 17世紀 | [Ⅱ期] | |
| 清巖宗渭墨蹟 「虚空即法身」 | 江戸時代 | 17世紀 | [Ⅲ期] | |
| 平心拝領之文 小堀遠州筆 | 江戸時代 | 17世紀 | [Ⅰ期] | |
| 平心添文 江月宗玩筆 | 江戸時代 | 17世紀 | [Ⅱ期] | |
| 平心花之文 益田鈍翁筆 | 昭和時代 | 20世紀 | [Ⅲ期] | |
| 伊賀耳付花入 | 桃山時代 | 16世紀 | ||
| 青磁唐草文花入 | 中国・元時代 | 14世紀 | ||
| 竹二重切花入 銘 女郎花 小堀遠州作 | 江戸時代 | 17世紀 |
向付・鉢・酒器 (茶室風展示ケース)
茶会には、喫茶の前に懐石という食事が含まれます。その際、折敷という盆に、飯碗と汁椀、副食を盛る向付が置かれます。加えて、人数分の焼物や強肴を盛り込んだ鉢が持ち出され、取り回されます。また、懐石には酒もつきもの。銚子に漆の引盃が正式ではありますが、食事も進み、亭主が水屋に下がって相伴する際には、大ぶりの徳利を席中に預けることもあります。また、様々な盃を回し、自ら好みのものを選ぶ愉しみもあります。これら懐石の器には、中国や朝鮮、日本などの様々な陶磁器が用いられ、懐石に彩りを添えます。
| 虻に雀図 松花堂昭乗筆 | 江戸時代 | 17世紀 | [Ⅰ期] | |
| 秋山図 尾形乾山筆 | 江戸時代 | 17世紀 | [Ⅱ期] | |
| 下絵和歌色紙帖 本阿弥光悦筆 俵屋宗達下絵 | 江戸時代 | 17世紀 | [Ⅲ期] | |
| 古染付葉形向付 | 中国・明時代 | 17世紀 | ||
| 織部手鉢 | 桃山時代 | 17世紀 | ||
| 鼠志野四方鉢 | 桃山時代 | 17世紀 | ||
| 五彩人物文鉢 | 中国・明時代 | 16~17世紀 | ||
| 鉄絵刷毛目徳利 | 朝鮮・李朝時代 | 16世紀 | ||
| 黄瀬戸盃 | 桃山時代 | 16~17世紀 | ||
| 瀬戸椿手六角盃 | 桃山時代 | 16世紀 | ||
| 斑唐津盃 | 桃山時代 | 16世紀 |
出品予定作品より

しろらくちゃわんめい ふじさん ほんあみこうえつ
国宝 白楽茶碗 銘 不二山 本阿弥光悦作 江戸時代(17世紀)
手捏(てづく)ねと篦削(へらけず)りの手法により、本阿弥光悦(1558~1637)が自由な造形感覚を発揮した傑作。光悦は刀の鑑定や研ぎを家業とするが、作陶にも秀でた。釉の色合いが独特で、胴の上部が白く発色し、下部は黒色を呈する。この景色に光悦は白雪を頂いた富士山を連想したのであろう、自ら箱に「不二山」と書き、光悦の号「大虚菴(たいきょあん)」を「光悦」の印とともに記した。

くろらくちゃわんめいがんどり ちょうじろう
黒楽茶碗 銘 雁取 長次郎作 桃山時代(16世紀)
やや胴締めがなされた形と、しっとりとした釉薬が手になじむ。この茶碗は、千利休が弟子の芝山監物(しばやまけんもつ)に贈ったものであり、利休の花押とされる朱漆が高台(こうだい)内にわずかに残る。
本碗の返礼として、芝山監物は利休に雁を贈った。そこで利休は茶碗が雁を取ったと狂歌に詠んで礼状とした。本碗には、その利休の礼状が付属する。銘の「雁取」は、狂歌にちなむ。

からものなすびちゃいれ じょうおうなすび
唐物茄子茶入 銘 紹鷗茄子 中国・南宋時代(13世紀)
茄子とはその形状による名称。手取りは軽く、薄い器壁に飴色の釉薬が薄く掛かる。 侘び茶の大成者とされる 武野紹鷗(たけのじょうおう)(1502~55)が、この小さな壷に「茶入」としての価値を見出したことを重んじ、「紹鷗茄子」と称されてきた。
この茶入の文献上の初出は『天王寺屋会記(てんのうじやかいき)』の天正3年(1575)2月29日の条(くだり)。当時の所有者は、紹鷗の第一の弟子と称された辻玄哉(つじげんさい)(?~1576)。室町末期の茶人たちの価値観を伝える貴重な茶入である。